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help RSS 太平洋戦争小史23 日本の空襲2 北海道・東北

<<   作成日時 : 2012/01/24 16:22   >>

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著者より:既に名著や沢山の記録が出されている、原爆と東京大空襲については、ここでは取り上げません。
北海道の空襲 ◎北海道の空襲は前述のようにB29の爆撃範囲を超えていたが、78都市に対し最初は1945年7月14〜15の両日に行われた。空襲は米機動部隊艦載機約2000機によって札幌、室蘭、函館、苫小牧に行われ、2千人の死者、6680戸の被災家屋が生じた。7月15日、室蘭は艦砲射撃を受け死者436人を生じたが、前日に引き続く被災だった。また内地への石炭供給を絶つために、青函連絡船ルートに頻繁に空襲が行われた。
東北地方の空襲 ◎青森県の空襲は青森、むつ、三沢、八戸の4都市に硫黄島から来襲した爆撃機による焼夷弾攻撃が行われた。7月28日の 青森大空襲では新型のM74六角焼夷弾が使用された。 B29・61機により、死傷者1767人、焼失家屋18,045戸(市街地の88%)。東北地方では最大の被害を出した。青函連絡船第2青函丸、第3青函丸、第6青函丸、翔鳳丸、飛鸞丸が航行中に撃沈された。 ◎岩手県では盛岡、花巻、一関、宮古、山田に爆撃が行われた。特に製鉄所のあった釜石では 7月14日 の一回目の艦砲射撃で少なくとも死者515人。英国艦隊も参加した2度の艦砲射撃で製鉄所は完全に破壊され、この攻撃は日本側は301人の死者を出した。 ◎秋田県では秋田が日本唯一の石油生産地だったので、敗戦の前日、日本石油秋田精油所を中心にB29・100機以上による最後の爆撃が行われ、死者29人が犠牲となった。さらに横手も空襲の被害を受けた。 ◎宮城県では1944年12月29日から1945年8月10日まで、仙台を手始めに12の都市に対して空襲が行われた。仙台では7月10日にB29・124機が参加し、死者828人、負傷者385人、焼失家屋23,956戸という東北地方最大の被害を受けた。 ◎山形県では山形を手始めに6都市で爆撃を受けたが、県としては比較的被害は少なかった。 ◎福島県では1945年2月16日以降、8都市で頻繁に空襲を受けた。“平空襲”は、平市(現いわき市平)を襲った空襲の総称である。第1回目の平空襲は、1945年3月10日、東京大空襲帰りのB29から焼夷弾が落とされ、平市街の材木町、鍛治町、研町、紺屋町、梅本一帯が焼かれた。死者12名。家屋500戸以上が炎上した。第2回目の平空襲は、7月26日平第一国民学校(現平一小)に5トン爆弾が落とされ、お城山一帯が破壊された。死者教員3名、家屋1500戸以上が破壊という被害がでた。第3回目の平空襲は昭和20年だが、記録が見あたらない。

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