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(42)日本の空襲(3) 関東甲信越地方への空襲(1) ◎東京の空襲については多くの記録や記述があるので省略する。 ◎神奈川県は軍需生産を行う京浜工業地帯であったので、川崎市は初空襲以来20回の空襲を受け、1945年4月15日の川崎大空襲ではB29・200機が9千発の焼夷弾と1340発の爆弾を投下し、死者約1000人、負傷者15,000人、罹災人口10万人、全半壊33,361戸、同工場287戸という、大被害を受けた。また7月29日には横浜が大空襲を受け、県下全体で被害を受けた都市は8都市に及んだ。川崎空襲 は7月13・25日、8月1・13日にも空襲を受けた。5月29日、横浜大空襲は B29・475機、P51・約100機により、死者は8千〜1万人にのぼることが確実と考えられている。さらに重傷者1554人、軽傷者10,837人、罹災人口323,000人、焼失約3万戸であった。 7月16日の 平塚大空襲では B29・136機により 焼夷弾10,961発の攻撃を受け、死者は343名に達した。攻撃目標は、海軍火薬廠、日本国際航空工業、第二海軍航空廠平塚分工場、横須賀海軍工廠造機部平塚分工場であったとされ、人的被害は比較的少ないが大規模な爆撃であった。当時の市域における面積の約8割、戸数の約6割を焼失した。 ◎千葉県では1944年11月から、全域の12都市で空襲を受け、特に房総半島は東京湾の出入り口であったので、毎回空襲を受ける結果となった。そして、6月10日の千葉空襲では、B29・約100機により死者152人の被害を受けた。7月6日、千葉空襲で B29・124機の被害を受け死傷者1679人がでた。7月18日の白浜の野島崎の艦砲射撃では、巡洋艦4隻・駆逐艦9隻により死者6人の犠牲がでた。7月19日 銚子空襲は B29・91機により、死傷者1181人の被害を受けた。 ◎埼玉県では川口市が本土初空襲の被害を受けたほか、9都市で空襲が行われ、熊谷市では8月14日に深夜の空襲を受けた。 ◎栃木県では宇都宮を初め10都市に、1945年7月から空襲が行われた。当時宇都宮は第14師団の司令部があったので、7月12日の宇都宮大空襲では B29・133機により、焼夷弾12,704発により死者628人、負傷者約1,150人、焼失家屋9,490戸の被害を受けた。 ◎群馬県では1945年2月から中島飛行機の工場があった太田市の周辺に、激しい空襲が行われ152人が死亡した。そのほか前橋、高崎を初め12都市(現在の行政区でカウント)に空襲が行われた。 ◎茨城県 1945年6月には,茨城県へのB29の空襲が本格化し,日立・土浦等が攻撃された。7月17日の深夜から18日の未明にかけては,日立市及び勝田町がアメリカ軍機動部隊の艦砲射撃にさらされ,その砲弾の一部が水戸の東部の吉沼地区(当時の上大野村)に落下して,全壊・半壊家屋数軒,死者21名を出すという惨事が起きた。8月1日,マリアナ基地からB29・167機が水戸上空へ飛来し、この空襲の被害は罹災戸数1万104戸,罹災人員5万605人,死者242人,重傷者144人,軽傷者1149人と記されている。このうち罹災戸数は全市戸数の約90%に,罹災人員は全市人口の約80%に当たった。この空襲により水戸市のほとんどが焦土と化した。 ◎山梨県では7都市が被害を受けた。7月6から7日にかけて甲府の市街地を中心に「たなばた」空襲と呼ばれた爆撃が行われ、B29・131機により、死者1027人、全焼17,920戸の被害が出た。 ◎長野県では敗戦直前の8月13日から1日5回の空襲を受け、被害は少なかったが4都市が爆撃を受けた。 ◎新潟県は5都市の空襲であったが、長岡は1945年8月1日の夜の空襲で、市街地の80%が消失し、1470人が犠牲になり被災戸数は11,986戸に及んだ。 |
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